禁欲(オナ禁)のコツになりそうな記事

最近の負荷・ムラムラは何か一味違うお釈迦様の言う一人でいる修行とは

更新日:

(禁欲 336日目・一食 155日目)

不射精の禁欲日数がこの辺りまでくると、なんとなく今までのムラムラ感とは「何かがちょっと違うかも・・・」と感じました。

はじめに

読者の方も想像される負荷(ムラムラ感)というものは、

純粋に「(性行為・自慰で)やりたい・放出させたい欲求」と思われるかもしれません。

しかし今現在の自分は以前に記事にした「性行為したい・自慰したい」という未練はほとんど消えている状態ですので、

朝起きた瞬間から起こるこのムラムラ感は「いったい何なのだろうか?」と考え始めました。

長期禁欲をするとこのように「内部探求」を始めてきます。

 

当初の自分だって

確かに禁欲を始めてから当初の私も毎日見ていた「エロ動画見て放出させたい」と強く感じたり、

または沸き起こってくる性エネルギー(テストステロン)で闘争心が一気に高まり「格闘技道場行ってミットで良いからぶん殴ってこよう」などと、

制御しきれないエネルギーで目つきがかなりヤバかった時期もありました。


私の禁欲当初の事はこの辺りの記事から読んでください。(全6部作)

「オナ禁・禁欲生活」初日から95日目までの出来事


しかし現在はいくら午前中の負荷の真っ只中で、真夏日の現在 妻が薄着でウロウロしていても「性行為したい・誘いたい」とは頭にもよぎらず、

たとえ大酒を飲んでも暴発も全くしません。

 

お釈迦様の言葉でこういうものがありました


独りでいる修行をまもっていたときには一般に賢者と認められていた人でも、

もしも淫欲の交わりに耽ったならば、愚者のように悩む。

聖者はこの世で前後にこの災いのあることを知り、独りでいる修行を堅くまもれ。

淫欲の交わりに耽ってはならない。


このお釈迦様の言葉は最近知った言葉で単身赴任中は知りませんでしたが、私のこの1年ちょっとの「単身赴任」というものは、

お釈迦様のいう「独りでいる修行としてうってつけだった」とまさにそう思いました。

 

「独りでいる修行」がなぜ大事なのか

在家で例えば家族持ちで「もう子供作らないから禁欲するぞ!」と心に決めても、たぶん1、2か月くらい我慢出来てもフェロモンの惹きつけ効果発生により

「伴侶(奥さん)から、なんらかの夜のアプローチがある」と思うからです。

結局のところ1、2か月の禁欲だと自分もMAXに性欲が高まっている時期なので「その誘いに乗ってしまう確率が非常に高い」からです。

ただ、これはセックスレス夫婦の解消には「とても良い方法」と感じるので、それでお悩みの場合は「とても効果がある方法」だと感じます。

夫婦間のセックスレスの話ではないのでもとに戻し、このように「禁欲しても寄ってこられて毎度セクリセしてしまう」では話になりません。

よって在家の場合ですとお釈迦様の「独りでいる修行」が必要となります。

 

10ヶ月弱の不射精禁欲「独りでいる修行」の効果

私の場合、不射精禁欲期間が10か月弱で妻も含め家族と暮らし始めましたが、そこまで不射精禁欲をしてしまうと「禁欲をこれからも継続する」と伝えている以上、

妻もそこまでのアプローチもできず、また自分も負けてしまう事はありません。

話がかなり遠回りしてしまいましたが、お題であった「では一体いま自分にかかっているこの負荷はなんなのだろう?」と考えた時、

その感覚は「脳を直接刺激している感覚」で「前頭葉をかなり刺激しているんだ」と考え始めました。

 

まとめ・どこへいくのか

結局、不射精禁欲の行き着くところはクリシュナさんやお釈迦様含め大賢者たちのいう「解脱」なんだと私は思っていますが、

このかかり続けている自分への毎日の負荷というものは「解脱に向かう前」に遺伝子かDNAもしくはゲノム細胞なにかは専門家ではないので解りませんが、

「身体を変化させていっているのだろな」と私は考え始めました。

しかしこれはあくまで不射精もうすぐ1年生の「一個人の見解」でしかありませんので長い目で軽く流し読みしてください。

長期の不射精禁欲というのは本当に「未知の世界」だとも思うので・・・

そしてこういう事を書きながら「リセットしちゃいました」という可能性だって今後も捨てきれませんからね、頑張りますけど。

 


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