禁欲(オナ禁)効果による一般的ではない、なんか重い思考の変化

人類みなオナ禁・禁欲が出来ると経済は崩壊してしまう、しかし!!<後編>

更新日:

(禁欲 357日目・一食 176日目)

この2部作の記事は本当は書いて公開して良いものかどうか非常に悩みました。

これから記載する<後編>は<前編>とは打って変わって「結構重たいスピリチュアル・宗教的仕様、ちょっと不思議バージョン」になっています。

はじめに

このブログを読んで頂いている読者の方を解析すると、様々な年齢層の方がおり(ちなみに1割は女性)、また色々な海外の国からの読者の方もかなりおります。

もちろんオナ禁・禁欲、禁欲効果などに興味があり読んで頂いていると思いますが、禁欲はそのオナ禁・禁欲をする目標により「階層」が違っていきます。


関連記事

オナ禁・禁欲のやり方や続けるコツ、必ず「目標」を設定しよう!


 

恋愛・結婚などが目標であるならば

上のリンクした記事は、特に読者の方の関心度が高い「異性を目標」としている読者の方に書いたものですが、その異性という目標がオナ禁で達成出来た場合、

それ以上はもうこのブログを読む必要は無くなっていきます。

というのは、以前にも書いた今後の長期不射精に関する記事は、どうしても気持ち悪がられる

「スピリチュアル・宗教的」にならざるを得ないからです。


長期オナ禁・禁欲を人が実践していく理由とは?その先には?


上のリンクを貼った記事でもそれとなく匂わせていますが長期禁欲達成にはスピリチュアル(宗教)が必ず必要です。

 

 

クリシュナさんの言葉を借りると

クリシュナさん:決してすべての人が同じレベルにいるわけではない。

人間に四つのクラスがあると言われている。

束縛されている人びと、努力しつつある人びと、解脱した人びと、およびはじめから自由な人びとである。

誰もかれもが霊性の修行をしなければならないというのも事実ではない。

はじめから自由な人びとと修行によって完成に達する人びとがあるのだ。

 

読んで解ること

何を言っているのかすごく難しいと思いますが、上の文章を読み解いてみると束縛されている人びととは、

イエスキリストの言う「肉の欲に支配されている人びと」とも言い換えられます。


肉の欲について書いた記事(長期禁欲にとってはかなり重要なんだが話が飛びすぎて人気がない)

人が禁欲をする理由・霊主肉従を前ブログの記事でアレンジし書く(禁欲 319日目・一食 138日目)


そうなると大酒飲む私も含め、ほぼ全員が「束縛されている人に該当」してしまい、結局は3大欲(肉の欲)の方が断然に強いので、

<前編>に書いた「禁欲世界にはなれない」という事になり、簡単ですがこれが「実は真実」となります。

解りづらいかもしれませんが、「私は4つのレベルにうちのここだ」とは言えないので、ここは表現が「非常に難しい」ところなんです。

 

関係してくる四沙門果と輪廻転生

以前の記事でちらっと「解脱」というキーワードを出しましたが、上のクリシュナさんの4つのクラスという言葉は仏教でいう「四沙門果」にも当てはまっていきます。


最近の負荷・ムラムラは何か一味違うお釈迦様の言う一人でいる修行(禁欲 336日目・一食 155日目)


「四沙門果」それと切っては切り離せない、上の記事でもちらっと書いた「輪廻転生」

これについてはまだまだ今の時点で納得がいく記事を作成することはできません。

しかし気づいたのは、禁欲世界になる為には既に生きている人全員が四沙門果の内の「預流果以上に達していなければならない」

そう考えると「そんなのます不可能だろ・・・」と思いました。

ここ、私の言っていることが非常に難しいですよね。でも長期禁欲していくと不思議と段々と実感して来ることなんです。

 

という結果で混乱はしないのです

四沙門果だの預流果だの最後の文章はよく解らないと思います。

ここが禁欲の「底知れない奥深さ」となっていきますが、ただ解る人は読者の方にもいると私は思っています。

ただ、このように強い三大欲に人は強力に束縛されている現代社会なので禁欲世界にはこれからもまずならず、

「経済は混乱しない」ようになっていたのでした。

実はこのブログを始めてから薄々ですが、長期に渡る「不射精禁欲・一日一食」は私も含め、

誰でも彼でもが「簡単には絶対に出来ない、ほぼ全員脱落する」と今まで記事を投稿しながらも解っていました。

 

出来なくても清く正しく生きればOK!

出来ない理由は上のクリシュナさんのいう「4つのクラス・四沙門果」、そしてもう一つこれもクリシュナさんのいう人間には「八つのかせ」というものがあります。

(仏教では三毒・キリスト教では7つの大罪といいます)

しかし上のクリシュナさんのが言っているように、

「誰もかれもが霊性の修行はしなくてもよく」、さらに「世俗で楽しんでいたければ、それでも良い」とも言っています。

楽しんでもいいけど「地獄に落っこちてお仕置きされるような悪さをしなければ・・・ね」という深い意味も含まれているのでしょうけどね。


地獄はあるのかないのか?禁欲するとなんとなく感じてくること(禁欲 327日目・一食 146日目)


よく海外では非常に苦しくて厳しい禁欲生活している出家修行者がいますが、上記のことを理解しているから辛いながらも耐え忍んで実践しています。

 

まとめ、なんとなく・・・

「Mr.T」は食べる喜び、人としての人生の喜びを知らないのか、こいつは?と、読者の方に思われてもいそうで怖いんですが、

一応はきちんとそれを理解したうえで、今までこのブログで記事を書いてきています。

冒頭でも書きましたが禁欲とは段々と内容が深くなっていくので、最近このブログでどこまで書いて良いものか本当に悩んでしまいます。

禁欲の奥深さと言ったら例えると「ブラㇷマ~ン」という今日この頃でした。

(シレっとまたこういうことを書く、懲りない私でもあります)

長期不射精禁欲での深いスピリチュアルな思考とは、普通ではもう「意味がわからなく」なってくるのです。

さすがに「ブラㇷマンは記事には出来ません」が、今回の記事はスピリチュアルのエッセンスをかなり注入してしまったのでちょっと反省し、

次回の記事はもっと解りやすい記事を用意しています。

 


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