(禁欲507日目・一食326日目)
色々な方のオナ禁(禁欲)ブログを読むと、よく見かけるのが
・具合が悪くなった(頭痛・身体の痛みなど)
・ストレスで精神的に病んでしまう
この文章をよく見かけます。
私がオナ禁、特に不射精禁欲を「おすすめしていない」と、しつこくこのブログでいうのは何も好奇心を誘発させるだけではなく、このような症状にぶち当たってしまう人もいるからです。
それもそのはずなんです・・・
はじめに
オナ禁、いわゆる彼女作りたい(セクリセ有り)という目標であれば、精神的にストイックな方であれば定期的な異性との射精の機会もあるので、それも「実現可能」です。
しかし、生涯の不射精禁欲を通し
「神秘的な性エネルギーに溢れる在家禁欲者になりたい」
という場合は、少々・・・といいますか、かなり違ってきます。
在家で大抵の人が日常生活していかなければならない日本社会では、そう簡単に「不射精禁欲」は出来ません。それはなぜか?
家庭を持っていないからです。
在家禁欲者を目指すなら妻子がいないと無理かもしれない理由(禁欲 325日目・一食 144日目)
バラモン教の四住期
上のリンクを貼った記事で、それとなくお伝えはしていたのですが古代インドの宗教で「バラモン教」という教えがあります。
そこの男子たるものの教えとして「四住期(しじゅうき)」というものがありました。
このワードから読者の方も連想できるように、男子の解脱に向けて、生涯の生活態度を4つに分類させたものです。
簡単に説明しますと・・・
「学生期」:(梵行期、ブラフマチャルヤ、brahmacarya)
ここは師(先生)のもとでヴェーダ(経典)を学ぶ時期です。
もともとの意味は特定の師匠(グル)に弟子入りして、ヴェーダという経典を学習する時期です。
また武人として生きようとする人は、武芸の技能鍛錬や政治の実務の勉強もここで行っていました。
今で例えると、小・中・高・大学などの就学期間に相当します。しかしここで今と違うのは
「解脱に向けての不射精禁欲」
というのも経典なので、しっかりと教えてたはずです。
「家住期」:(ガールハスティア、gārhasthya)
結婚して子供をつくり家庭をもちます、現代社会と同じように仕事に励んで一家の祭式を主宰する時期です。
うちの子供たちも大嫌いといっているお勉強、ここをしっかりと勉強して学生期をめでたく卒業すると仕事を始めます。
そして結婚して家族を養う家住期というものに入ります。
ここでもやはり男の子をもうけて、先祖の血を絶やさないことが重要視されますが「お父さんはしっかりと働いて稼ぎ、家を繁栄させる役割」があります。
そこも今も大昔もなんら変わりはしません。
「林住期」:(ヴァーナプラスタ、vānaprastha)
家を飛び出して山奥などに隠棲して修行する時期です。人為的なものや文明・物質的なものを次第に捨てていく時期でもあります。
家住期で「おらの子供立派になったな~」と感慨にふけり、
「オレの役目はもう終わった・・・よしっ!」と考えたら、解脱に向けての人生設計、ほけんの窓口に入ります。
お父さんは「孫の誕生を見届ける義務」もありますが、家から出て荒野や森林、山奥などに住み、1日1食は人によるでしょうが「質素で禁欲的な生活」をします。
ほけんの窓口はウソですが、ホントはここで「不射精禁欲」なんです。
「遊行期」:(サンニャーサ、samnyāsa)
一定の住所をもたず、ふらふらと乞食遊行してさまよい歩く、第1話のケンシロウみたいな時期です。
長期不射精禁欲の林住期を終えると、着の身着のまま無一文で諸国を放浪して解脱を目指し旅をします。
天涯孤独の身となって「我が命、天命に預ける」という、ちょっといまは流行らないような格好いいセリフをはきながら、旅して歩き最終的に解脱に至ります。
サンニャーサ、クリシュナさんにも書いてある「サンニヤーシ(僧侶)」、なんか響きが似てますね。
「Mr.T」風な結論
結局、なにが言いたかったかというと、、、
「家住期もまだ通ってない人が、いきなり在家での長期不射精禁欲なんて絶対無理!」
ということです。
それこそ家住期を通ってないと、心身にどうしても心残りや悔いが残り、それでも無理して不射精禁欲を続けると「身体を壊してしまう」ということになります。
上のリンクを貼った記事で「そこをオブラートに包んで伝えたかった」のですが、読者の方の中で無理して不射精禁欲されて身体を壊されると大変なので、今回はここで終止符をうつことにしました。
心残りや迷いを捨てないと不射精禁欲はできません。
それならアレンジしましょう!
ただ「家住期は通過・・・」としても現代社会の場合だと、在家にいながらでも「林住期までは可能」かもしれません、田舎に別荘持ってる人はそこに行けば良いですからね。
しかしふらふらと金も持たず着の身着のまま「遊行期」は、警察から職務質問・保護されるのでたぶん絶対に無理でしょう、やめといた方が無難です。
ですので、在家禁欲者を目指したい人は「現代風にアレンジ」していかないといけなくなります。
自分の場合だと現在はそうなると「家住期」でもありますが
最近の負荷・ムラムラは何か一味違うお釈迦様の言う一人でいる修行(禁欲 336日目・一食 155日目)
この記事で書きましたが、単身赴任中はずっと一人で不射精禁欲中でしたので「林住期のような生活」でもありました。
このように人は環境によって生活スタイルは変わっていくので、不射精禁欲をするタイミングは家住期をこなしたあとは大昔と違い、いろいろとアレンジが出来る現代の世の中です。
不射精在家禁欲者を目指そう!と、もしも決めた方がいらっしゃるなら、大昔のバラモン生活と現在の自分の生活スタイルを見比べ熟考してみてください。
時間が経つと禁欲によって自分の中の性エネルギーで吹き上がった智慧が何かしらを教えてくれるはずです。
まとめ・意外と楽しい在家のバラモン生活
出家をすると話が別となり「家住期も免除」となるメリットがありますが、今回の記事の趣旨は在家で不射精禁欲を成功させるには「それだけ超大変ですよ」ということでした。
こういう生き方をする人というのは、それこそ「婆羅門(バラモン)」といいますが、クリシュナさん曰く、
なかには「48年間の不射精禁欲」をした人もいたそうです。
インドのヨギたちのいう12年間でも長すぎなのに、なんだか気が遠くなりますね。
「上には考えられもしない上が過去にはいた」ということです。
ちなみにお釈迦様は上の4つの生活を約2500年も前に全てこなしてしまい、解脱をされ神のさらに上の「大神」となったのでした。(仏教用語では「如来(にょらい)」といいます)
2500年前で全てを熟知してしまうのはよく考えてみると凄すぎです。
不射精禁欲決めたなら、やはり出家がベストということですね
禁欲生活において在家と出家はどちらが有利か?そのメリットデメリット
おまけ・ふざけてないですからね
中国の「論語」でこういうものもあったのでご紹介します。
四住期の生き方にも関係している感じがして興味深いです、ご参考までに。
吾れ十有五にして学に志ざす
三十にして立つ
四十にして惑わず
五十にして天命を知る
六十にして耳に順(したが)う
七十にして心の欲するところに従えども、矩(わく)を踰(こ)えず
超訳 論語 「人生巧者」はみな孔子に学ぶ (知的生きかた文庫)