禁欲(オナ禁)効果による一般的ではない、なんか重い思考の変化

(御質問者様への回答)宗教バリバリ記事、最初はどれ読む?

更新日:

(禁欲 608日目・一食 426日目)

先日所用があり地元に数日間帰省しましたが、久しぶりにあった地元の友人から「声がめっちゃ低くなった、前はあんなに甲高かったのに」と言われました。

自分でも不射精禁欲が長くなるにつれ「なんか変わってきてるよな」とは感じていましたが、さほど気にしてはいませんでした。

「異性受けする声」ということなんでしょうか?

ま、クリシュナさんの「女の放棄」が身体にしみついてしまうと「そんな余計な、昔はやった引き寄せの法則みたいなもの今更いらん!」となるのですがね。

さて、今日は読者の方からのご質問が来ていたので「宗教バリバリ回答記事だぜ!」とさせていただきます。


オナ禁・禁欲の声に関する記事はこちら

オナ禁により声が低くなり、なぜ女性にもてるのか?


はじめに


いつも楽しく拝読しております。いつもありがとうございます。

私はMr.T様のブログを道標に不射精を続けているのですが、先人禁欲者の本を読んでいないためか、 Mr.T様の言う「腹落ちした理解」を私は出来ていないようです。

その為、Mr.T様のブログに登場するラーマクリシュナの福音ほか、様々な本を読んでみたいと思い、 過去記事から読み直して登場した本のリストアップをしているのですが如何せん記事数が多く難航しております。

そこで、「Mr.T様がお読みになった本の紹介」をする記事の作成をご検討いただけませんでしょうか。 おいそがしいところ誠に恐縮ですが、ご検討の程よろしくお願いいたします。


ご質問いただいた読者の方も私と同じく「在家禁欲者」を目指されていらっしゃるようですが「宗教への腹落ちした理解」がないと、不射精禁欲を続けるのは「非常に苦しい作業」となります。

 

先人禁欲者の言葉で

私がよく引用するスワミ・ブラマーナンダさんの言葉で

「信仰心入れないで長期不射精禁欲なんて、あんた無理だから」

というニュアンスの言葉が非常に大好きなんですが、それほど禁欲は「宗教への腹落ちした理解を養っていかないと不可能」ということでもあります。


スワミ・ヴィヴェーカーナンダ: あなたが宗教的になることの最初の兆候(サイン)は、あなたが快活になることだ。

ある人が陰気であるとき、それは消化不良かもしれないが、それは宗教ではない。


このスワミ・ヴィヴェーカーナンダさんは、クリシュナさんの本の中で「ナレンドラ」という名前の人です。

クリシュナさんの一番弟子といいますか、クリシュナさん自体も手を重ねて拝んでいた場面もあるので、「霊的には自分よりこの人のほうが上」と思っていたかもしれません。

スワミ・ヴィヴェーカーナンダさんのこの言葉は、

「信仰心を持ちながら長期不射精禁欲が出来た、それこそ最初の兆候」

間違いなく人間的に明るくなります。

 

逆に長期不射精禁欲を続けながら

「なんでおれ、こんなに苦しい思いして女(自慰含む)を我慢してんだろ・・・」

な~んて陰気なことを考えているのなら、宗教的にも身体に毒ですので「在家での禁欲はさっさと中断したほうが良い」と私は考えています。

このブログで私は「つらいや苦しい、禁欲やめたい」などの陰気な心境を吐露したことは未だかつて一度もありません。

何度かブログで書いてますが「信仰心持った不射精禁欲生活は日々新たな発見が見えてきて超楽しい!」のです。


つらいのであれば逆に病気になる恐れがあるので、スッキリ~とやめましょう

オナ禁・禁欲の困難さと苦しみの思考、禁欲者・宮沢賢治の一例(禁欲451日目・一食270日目)


 

今回の「Mr.T」の回答

さてご質問者さまの「在家禁欲者になるための信仰心を養う先人禁欲者の入門本」ですが、結論から言うと。。。

 

「どれでもよい」

のです。

たった6文字の回答で申し訳なかったですが、過去から先人禁欲者の言っていることはどれも共通で「輪廻から解脱するためにどうするか?」を、それぞれのニュアンスで伝えています。

よってキリスト教でも仏教でもヒンドゥーでも言っていることは「どれもほぼ一緒」なのでどれでもよくなります。

ただ、私の個人的な助言をするとなると、私はキリスト教の「聖書」から禁欲前に読みましたが、いきなりこれはお勧めできないかもしれません。

ざっくり簡単に理由をいうと「なんか妙な手が後に加わっていて、端々に改ざんがある」からです。

これにひっかかり根を詰めて追求してしまうと、私が過去に起ったように「脳を破壊して病院送り」になってしまうので、出来れば後回しにしたほうが良いでしょう。

 

残る2つの宗教の参考本

そうなると残りはヒンドゥー、仏教もしくは私がいま参考にしているシク教となります。

ただシク教は私たちのような在家の人の宗教ですが「髪切らないでターバン巻け」などマニアックすぎるので除外し、残りはヒンドゥーか仏教ですがここには特徴があります。

ヒンドゥー教・ラーマクリシュナの福音 ・・・ 信者達とのたまにユーモアがある会話中心で自然に信仰心を養わせるのでとっかかりやすいが、訳のわからない単語「ムクティ」「ラジャス、タマス、サットワ」などのオンパレードで最初は意味わからず困惑する。

仏教・ブッダの言葉や原始仏典 ・・・ 聖書と違い、改ざんもなく安心して読める。また日本でも神道と同じく深く浸透している宗教なので、読んでいてまったく抵抗がない。しかし書いてる事はユーモア皆無で激まじめ。

*ここではのちに出来た大乗仏教・小乗仏教は含まれていません、またイスラム教については私はまだ知識がありません。

 

まとめ

このように手始めになにか読むのであれば、読者の方の性格で馴染む馴染まないが出てくると思います。

クリシュナさんも「あれもこれも経典読む必要なんてまったくない」と言ってはいますが、読者の方もどれかを読んでみて「信仰心がなんか身体に入った」と感じたら、あとは「不射精禁欲 & 瞑想(座禅) & 運動 & 善行を心がける」だけで充分だと私は考えています。

私の場合、先人禁欲者の過去に言い放った言葉を知るのが好きなので色々と参考にしていますが、先ほども書いたように「どれも伝えたい事はほぼ共通して一緒、ゴールは同じ」なんです。

不射精禁欲日数が重なるにつれ自分の思慮も深くなり、先人禁欲者の言いたかった事が自然と理解し「それにリンクしていく」という事でもあります。

最後に宗教とは、

・なんか理解出来ない気持ちわりぃ~ものではまったくなく、スワミ・ヴィヴェーカーナンダさんのいうように非常に明るいもの

だと私は常々考えています。

 


ナーナクさんのシク教もそろそろ読み終えるので、私もやっとこれに入っていけます。

原典訳 原始仏典 上 (ちくま学芸文庫)

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