禁欲(オナ禁)のコツになりそうな記事

読者からの質問回答記事・禁欲生活で発生する未練と後悔について

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禁欲1353日・一日一食1172日

旅行は控え越境せず都内なら都内で旅行を楽しんでくださいと先日都知事が言っていた。

休日ずっと真面目にステイホームするのも良いが、ステイホーム慣れしてガチの中年引き籠り誕生になってしまっては元も子もないので、インターネットで1泊2食でなんか手ごろなプランはないかと検索。

するとなんと私の家から徒歩5分のアパホテルで1泊2食屋上大浴場付きで7000円というのがあった。

通常価格が素泊まり30000円とアパでは高級に位置するグレードらしいのでかなりお得だ。スーパー銭湯行ってその帰りちょっといいものでも食べたらすぐ7000円なんてかかる。

ただ「家から徒歩5分って旅行なの?」と思いながらも、酒を飲んでた事もありノリで5月29日の夜に予約。昨日つぶやき書いたあと「やっちまった~」と少し感じながらもひとまず向かった。

コロナでガラガラなのかなと思いきや夕方のチェックイン時にはロビーには結構な人がいた。

「お得なプランだったから、私と同じようなご近所さんだろか?」と思いながらチェックイン。

住所がすぐ近くだから受付の人から「あれ?」な表情をされたが、決してコロナアパ不倫で使おうとは思ってませんから。

料理はイタリアンのコースでテラス席の眺められる窓際の席で前菜・パスタ・メインディッシュ・デザートをワイン片手に堪能。

その後、屋上の露天壺風呂で夜空を眺めながらの癒し。

こう聞くと私って都会のおしゃれでちょっと贅沢な格好いい独身貴族に見えるかもしれないが、どちらかというと孤独のグルメの主人公

「い・の・が・し~・ら フォ~♪」

こっちよりなんだろね、どーせね。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの近場旅行意外と楽しくまたやってみたいと思いました。ガールズバーで3、4万円毎回ぷちぼったくりされるよりはよっぽど健全的ですね。

現在コロナでまだまだ価格破壊のお手頃価格のプランは存在するので読者の皆さんも計画してみてはいかがでしょうか。

気分転換にもなり、多少なりとも経済を回す貢献にもなります。

 

はじめに

さて、また前置きが長くなりましたが、今回は読者の方からご質問を受け、禁欲している人へも参考になると考えましたので、久々ですが一問一答の回答記事とさせて頂きます。

今回の話題は色々とスピリチュアル(宗教)が絡み、個人感情や宗教によって賛否両論があるかもしれませんので、

「一人の在家禁欲者の持論」

として、あくまで参考程度でお願いします。

こういう質問って繊細だから「Mr.T」苦手なんすよ~

 

セルさんのご質問

童貞のまま信念と信仰心を持って在家禁欲者を追求するというのはやはり最期に後悔するものでしょうか?

利己的な遺伝子の話で、生命の個体は遺伝子が後世に伝わるための運び屋に過ぎないとも聞きました。

働きアリと女王アリの喩えでは無いですが、遺伝子の運び屋になる人もいれば、そうで無い人もいて、トータルで世界を構成しているんだろうな、とおぼろげに思ってます。

現在は恋愛の幸せにも子孫を残す事への執着もまた性欲の充足にも未練がありますが、それでも、在家禁欲者的な生活スタイルに惹かれるのです。

社会的に意味のあるものを遺せないかも知れないですが、最澄の言う「一隅を照らす人」になれば良いかな、と。

どう思われますか?

 

「Mr.T」の回答

セルさん、コメントありがとうございます。

一言で結論をいいますと、未練を残す禁欲はやめた方が良いでしょう。

遺伝子の運び屋という表現は宗教的な見方では「神が人間の肉体に強烈に縛り付けた種の保存」ともとれます。

かなり前にTwitterで私はこの種の保存をドラクエのラスボスのように例えましたが、神が人間の肉体に縛り付けたこの種の保存はそう簡単にほどけるものではなく、もがけばもがくほど茨が肉に食い込むように苦しみが増します。

今現在あるセルさんの未練は在家で禁欲する限り消滅することはなく、年齢を重ねて行くことで益々ふくらんでいき最後にはひどく後悔するはずです。

 

イエスキリストとクムラン教団

たしかに聖書の中でイエスキリストは「童貞は素晴らしい」と言っていました。

しかしそれは同じ境遇、例えば出家・教団などに入信してしまい、その中で異性と離れ静かに同じ仲間と暮らして行くことが前提です。

そうでないと未練は立ち消えません。イエスキリストも当初は死海文書で有名な「クムラン教団」という団体に所属し、イスラエルの洞窟の中で同じ仲間と一緒に修行していたという仮説まであります。

余談ですが「教団、男同士の洞窟の中での修行」なんて言うと、何百人のむっさい野郎同士が毎日性欲我慢して、自慰出来る刑務所よりも悶々としたハードゲイな世界をイメージしてしまいがちですが、私はそうは思いません。

酒は飲めたかどうか解りませんが、性エネルギー溢れる男ばかりなので発散のために一緒に競い合って運動もしていたろうし、自由時間には知恵を絞ったバカ話なんかして意外と笑いが飛び交っていたのではないでしょうか。

もちろん辛ければ去るもの追わずの「自慰と女に関連する話が修行のため禁止なだけの男子校」という私はイメージです。

 

まとめ

話を元に戻し、私がこんなにもお酒を毎日楽しみながら在家で不射精禁欲出来るのは、

「恋愛も結婚生活も充分経験でき、なおかつ3人の子供にも恵まれた」

からです。


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そうでないと私も未練を断ち切れず在家でかれこれ4年になる不射精禁欲は無理だったはずです。

このブログで私は「無理して不射精禁欲やめましょう」と口酸っぱく言っているのは、この未練と後悔が年数をかさね重くなっていくと心身を破壊し下手をすると「廃人・狂人」になってしまうからです。

仏教の創始者であるお釈迦様でさえ最初は在家で妻も子供もいたのです。

お釈迦様はそこで色々在家での生活を経験し世の中の無常を感じ、家族を捨て(もちろん家族は飢える事がないよう充分にとりはかったはず)、独りになり禁欲修行し「一隅を照らす人」になれたのです。

お釈迦様でさえそうなのですから、私たち凡人では在家にいて不射精禁欲する条件となれば「順を追って歩んでいく」しかないのではないでしょうか。

 



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